棺の中をおそるおそる覗いてみる。意外と綺麗な顔立ちだ。
物心ついた時にはもう母は自室に籠りっきりで、机に向かい小説を書く生活を送っていた。なので私は母の後ろ姿しか知らなかった。
元々作家志望なのは父の方だったという。しかし共通の知人が父のアイデアを盗み賞を獲得してデビューしてからは、母が執筆を始めたらしい。
父はアイデアを話した自分が悪いと思ったし、過ぎた事よりも母との未来を選んだ。
でも母はその知人を許せず、何より夢を諦めた父を許せなかったそうだ。
売れていくその知人に一矢報おうとひたすらに書き続け、ことごとく落選し続けた。
父が起業し成功して豪邸を建て、バスとトイレ付きの部屋をあてがわれ、使用人達が食事を運び、私が最年少で権威ある小説の新人賞に選出された事にも気づかず、妬みや嫉妬の充満する薄暗い部屋の中で母は筆を握りながら生涯を終えたのだ。
死因はきっと毒死に違いない。