毒を手に入れた。
生物の粘膜に微量でも付着すれば心臓麻痺を引き起こす。
しかもその成分は一時間で消えてしまうという。
殺人にうってつけの恐ろしい毒。
私には殺したい相手がいる。
かつて愛した男だ。
振り向いて貰うのに長い年月を費やした。
釣り合うように血の滲むような努力もしてきた。
それなのに、たった一度、身体を重ねただけで捨てられたのだ。
『君では満足できない』
最後にかけられたあの男の言葉は、私のプライドを、全てを壊した。
それからはどうやって復讐するかだけを考え続けた。
この毒を入手する為に何だってやった。
これでやっと成し遂げられる。
あの男を葬り去り、やり直すのだ。
私の人生を。
あの男は今、出世目的でどこぞやのご令嬢と婚約している。
だがそこに愛はない。
陰で女をとっかえひっかえしている。
そこにも愛はない。
鼻紙同然に女を捨て傷つけるのを楽しんでいるのだろう。
「要するにぃ、この毒を飲ませればいいんでしょお?」
“売り”をやっている頭の悪そうな家出少女が、100万円で殺人の依頼を引き受けた。
「簡単じゃん。それで100万円なんてチョロ過ぎぃー」
「簡単じゃないわよ。突然見ず知らずの娘から援交を持ちかけられて、応じたとしても抜け目のない男よ?当然持ち物チェックもされるだろうし、飲食も気をつけるでしょう。どうするつもり?計画は?」
「えー、計画なんてないよー。でも男だもん。どうにかなるっしょー」
少女は一見目薬に見える毒の入った容器を手でもてあそんでいる。
「ねーねー、こんな笑い話し知ってる?ある女の子が生まれた弟だか妹に嫉妬して、殺してやろうとお母さんのおっぱいに毒を塗った……」
そんな話し有名過ぎる。
「でも死んだのはお父さんだった、っていうくだらない下ネタでしょう?」
「そうそう」
少女は無邪気にケラケラと笑う。
一抹の不安がよぎった。
自分の身体のどこかに塗るつもりなのだろう。
「もう一度言うけど。あなた自身も気をつけて。肌は大丈夫だけれど、粘膜は駄目よ?」
「はーい」
少女は元気良く返事をし、スキップをして去って行った。
翌日、あの男は心臓麻痺で死んでいるところを自宅で発見された。
裸だったという。
「ね?上手くいったでしょ?」
少女に100万円を渡し、私は尋ねた。
「どうやって毒をあの男に?」
すると、少女は札を数えながら答えた。
「ん?ヒールの爪先に塗って『舐めなさい』って言ったら嬉しそうにペロペロ舐めたよー」
あの男が……?
少女はテーブルに容器を置き、
「じゃあね、オバサン!毎度ありー!」
とスキップで出ていった。
そんな豚野郎なんか相手に、私は何をしていたのだろう……?
気がつくと毒を一気に飲み干していた。